「認知症が重度だと何も理解できない」。そう思う方は多いのではないでしょうか。
しかし、そんなことはありません。確かに、記憶障害はありますし、理解力の低下もあります。
ご本人は周りをよく見ています。そして、強い不安感を抱えていらっしゃいます。
事例(パーソンセンタードケアの考えに基づいて、名前を使います。実名ではありませんが、Aさん、Bさんと呼ぶことは、「一人の人」としてみていないことになるからです。)
記憶障害について
山本節子さんという方は、重度の認知症です。記憶障害と不安が強く、介護職員(以下、職員とします)を何度も読んで、苦しさを訴えてらっしゃいます。
私が隣に座って、どこで生まれたのか、どんなお仕事をされてきたのか、結婚は恋愛結婚だったのか…などお聞きすると生き生きとお話されて、私は山本さんとのそういった時間が好きでした。
残念ながら、山本さんに対して、あまりよい接し方をしていない職員がいました。
山本さんには記憶障害がありますが、どの職員が優しく接してくれて、どの職員があまり良い関りをしてくれないかをわかっていらっしゃいました。
接する職員に対して、明らかに態度が違いますし、山本さんが、あまり好きでない職員には「あなたはいつも私にいじわるするの」とおっしゃっていました。
感情は残ります。記憶障害はありますが、感情の敏感さで、「記憶」の枠を超えているのだと思います。感情記憶として、しっかりと「覚えて」いらっしゃるのです。
理解力
「今の気持ちを文章で書いて頂けますか」とお願いすると、「あら、書けるかしら」とおっしゃいましたが、時間をかけ、しっかりと書いて下さいました。
そこには、「娘に迷惑をかけて申し訳ない」と書かれていました。強い不安を抱えており、娘さんに迷惑をかけていると、山本さん自身が感じる状況を「理解」していることだと思います。
事例より考えられること
先にも述べましたが、山本さんは、頻回に職員を読んで、苦しさを伝えて下さいます。ご自宅でも同じように、娘さんを呼んで、不安に思うことを伝えているそうです。
この時に、単に「何度も職員を呼ぶ人」と捉えると負の感情しか生まれません。その気持ちを持って、山本さんに接すれば、山本さんは敏感にその感情を察知して、不安感を助長させてしまいます。
「職員を呼ぶのは、強い不安感があるから。寂しさがあるから。」と捉えて、山本さんと丁寧に時間をかけて話をして接すると、表情良く「どうもありがとう」とおっしゃってくださいます。
そうすると、職員を呼ぶ回数が少し減ることがあります。回数が減らないこともありますが…。
しかし、「山本さんには強い不安感がある」ということを、理解していると、いくら山本さんに呼ばれても、苦になりません。
認知症が重度になると、病識もなくなるといった話を聞くことがありますが、この事例から考えると、山本さんは、病識があると私は思います。山本さんは、毎日強い不安感を抱えながら、懸命に生きていらっしゃいます。
まとめ
行動の背景を理解することは、認知症の方の不安感を和らげることと同時に、職員、またはご家族の感情も穏やかになります。
認知症の方と、介護者(ご家族、施設職員)の関係が良好になると、BPSD(認知症の方が不安や混乱、困惑を感じているときに、気持ちや状況に応じて現れる行動や感情の変化)も起こりにくくなります。
結果として、介護負担は減ります。
ご家族は、本当に大変な思いをされていると思います。認知症の方ご本人とゆっくり話す余裕もないかもしれません。無理に優しさを持たずとも、ご本人の話をゆっくり聞くことが、ご本人、ご家族様自身の心を軽くします。一度試してみてはいかがでしょうか。