「メタ認知」「社会脳」という言葉をきいたことがありますか?
認知症ケアにおいて、「メタ認知と社会脳」を理解することは大切です。
メタ認知とは、「認知を認知すること」「(自分が)知っていることを知っている」ことを表します。
メタ認知を働かせることによって、私たちは、自分の判断や推理、記憶や理解など、あらゆる認知活動にチェックをかけて、誤りを正し、望ましい方向に軌道修正することが可能になります。
自分の判断や推理などの認知にチェックをかけて、自分の行動を修正することに必須なのが、メタ認知です。
メタ認知は「メタ認知的知識」と「メタ認知的活動」に分けられます。
・メタ認知的知識:自分の記憶や考え方などの認知活動を振り返り、調整することで得られる知識のことです。たとえば、自分が得意なことや苦手なことを知ること、課題を解決するための工夫を考えること、またその方法がどのように役立つかを理解することが含まれます。
・メタ認知的行動:行動中のメタ認知。私たちは、行動しながら、「これでいいのか」と、絶えず自身にフィードバックしたり、実行中の計画を修正したりしています。
認知症ケアでは、「自己モニタリングの障害=病識低下」が重要なテーマです。
以下、認知の対象が「自己の認知」の場合は、「自己モニタリング」
「他者の認知の認知」に関しては「他者モニタリング」とします。
自己モニタリングと病識低下
自己モニタリングの障害が病識低下として現れます。
病識は、完全に失われるわけではなく、不完全になっていることが多いです。
「本人の自覚が乏しいこと」を家族にわかってもらうと、失敗を指摘することを控える対応や、本人の自覚のなさを修正することを諦める対応などで、暴言・暴力といった行動・心理症状(BPSD)の多くは予防できます。
認知症でも病識をかなりもっているケースもあります。レビー小体型認知症や脳血管性認知症の方は、病識が高いです。その代わりにうつ傾向があります。特にレビー小体型認知症の方に顕著です。
どの程度の病識低下なのかを理解してケアをすることが大切です。
介護者が「病識低下」について正しく理解し、余分なことを言わないでやりすごすことができれば、認知症の方も腹を立てずにすみますし、本人も家族も笑顔で過ごせる可能性が高まります。
病識は、白か黒かではなくグレーです。グレーの濃度は事例によって異なります。
病気の受容
本人が病気を受容できた方が幸せな気持ちになれると思います。
なぜなら、ありのままの自分を認めることで、新しくスタートできるからです。
良い所も悪い所も含めて、ありのままの自分を受け容れることは、幸せの要因であるとされています。
本人の病感を、介護者が受けとめて不安を減らすようなケアをしつつ、病識の程度を見極めながら、障害受容、ポジティブ思考(認知症があって不自由だけど不幸ではない)という観点も加えて、医療・ケアを提供していく必要があります。
病識を持ってもらった方が、比較的ケアはうまくいきますが、病識を強く持つほどうつになるリスクがあるので注意が必要です。
なので、ほどほどに病識をもっていただく。さらに、病気を受け容れる支援をする。本人が、ポジティブな気持ちで生活できるようにする。そうした支援を成り立たせているのが、相手を理解して寄り添う気持ち、いわゆる「共感」といわれるものです。
社会脳とは
他者の心理的状態を推測する脳の働きを「社会脳」(社会的認知機能)といいます。
社会脳とは、「社会の中で、周りの人たち(他者)とうまくやっていくのに不可欠な認知機能」です。
社会脳の3つの機能
①他者の表情・視線、しぐさから、他者の情動を認知する「情動的認知機能」
②他者の信念・行動意図・思考を推測する「心の理論」
③行動を起こす時に、自分の利益を優先するか(利己行為)、他者の利益を優先するか(利他行為)を
選ぶという「行動選択」
認知症になるとこれらが障害されます。そして、BPSDの原因となります。
BPSDの多くは他者との関係性の中で生じますが、この関係性を維持するのに必要なのが、社会脳です。
他者の情動や行動意図を、その人の視点に立って推測する社会脳と、自己モニタリングは、認知の認知という点で、共通の機能解剖学的基盤をもっています。
3つの共感
認知症ケアにおいて、「共感」が大切であるとされています。
この「共感」は3つの種類があります。
①感覚運動的共感:動作や表情を模倣すること(ミラーリング)によって、他者の意図や情動を非言語的に理解するもの。
②情動的共感:自分事のように、自分の身に置き換えて、悲しいと思ったりするような共感。これは、自然に生じる自動反応で情動の中枢である偏桃体が主に関与しています。
③認知的共感:他者の視点で事態を見て、それを他人事として理解していく共感。前頭葉に加えて、頭頂葉が大きく関わっています。
③の認知的共感は、他人事としての他者の視点に立って、相手のこと、心の内を推測します。この「視点取得(自分から相手の立場に視点を移す)」を使った認知的共感が、認知症ケアでは特に求められます。
これは、あくまでも推測した相手の心の内が正しいとは限らないという認識をもつことが大切です。
推測に基づいてケアをする。その結果として相手がどのような反応をしたかを注意深く観察する必要があります。
観察結果に基づいて、推測した内容を修正するといった作業を繰り返します。
この作業が、メタ認知的活動(メタ認知的モニタリングとメタ認知的コントロールの繰り返しサイクル)です。
推測した内容が本人の心の内や行動意図に、少しでも近づくように考えながらケアするのが、「パーソン・センタード・ケア」です。
認知症の人の心を理解する上でも、認知的共感に基づいて、認知症の人のパーソン・センタード・ケアを行う上でも、メタ認知の理解が大切です。
考察
私たちは、「メタ認知」を自然に行っています。認知活動を修正しながら、行動しています。
しかし、認知症の方は、このメタ認知に障害があります。それが、病識低下です。
認知症の本質は「メタ認知の障害=病識低下」です。このことを、介護者が理解することによって、本人も家族も介護者も、笑顔で過ごすことを可能にします。それが、結果としてBPSDを予防することにつながると思います。
認知症の方は、「社会脳」にも障害を受けます。相手のノンバーバル(非言語)なメッセージの理解が難しく、含みを持った表現を用いたコミュニケーションも苦手としています。
「メタ認知と社会脳」を理解してケアすることは、認知症の方も、ご家族も、介護者も、心穏やかに生活を送るコツでもあると思います。
参考文献
認知症の人の主観に迫る –真のパーソン・センタード・ケアを目指して- | 山口 晴保, 北村 世都, 水野 裕 |本 | 通販 | Amazon