認知症ケアが幸せを感じさせてくれた日~あくまでも人と人との営みであるということ~ 認知症の有無に関係なく、 人は「一人の人」として存在しています。 否定せず、コントロールせず、 そのままを認めるかかわり。 その時間が、 私にとって、とても大切で、幸せな時間でした。
「創痍」と「対話」――パーソンセンタードケアの原点へ 「創痍」とは、癒えない痛みではなく、 “まだ世界とつながりたい”という証。 「対話」とは、相手を変えるためではなく、 相手の世界を見に行く行為。 怒りには怒りで、悲しみには悲しみで寄り添う。 それが、嘘のない共感。 パーソンセンタードケアの原点は、 “認知症の人のため”ではなく、 “すべての人の尊厳を守ること”にある。 支援とは「助けること」ではなく、 「互いの創痍に寄り添い合うこと」。 目に見えない共感というグルーオンが、 人と人とを再びつなぎ合わせていく。
🌌 共感というグルーオン ― 創痍をつなぐ見えない力 人と人を結びつける見えない力。 それは「共感」という名のグルーオン。 認知症ケアで感じること―― 涙は「壊れていく姿」ではなく、 “再び生きようとする力”の現れ。 創痍(そうい)を抱えることは、弱さではなく、 「まだ世界とつながっている」という証。 共感は、やさしさではなく“感情に寄り添う力”。 今日もまた、心の奥の小さな宇宙で、 静かに「対話」を続けていこう🌙
「想い」は届く!理屈をこねて証明した、私なりの哲学~トランペットの音と共に~ 人と人との間で交わされる『想い』は、目には見えなくても確かに存在します。 それは粒子のように形を持ち、同時に波のように広がっていく。 だからこそ、『想いは必ず伝わる』――私はそう信じています。
早期発見早期寄り添いが大切な理由 「認知症は早期発見・早期治療が大切」とよく言われますが、それ以上に大切なのは“早期に心に寄り添うこと”です。 診断を受ける前に、ご本人の不安に寄り添うことで、安心感が生まれ、それが進行を緩やかにする力にもなります。 “安心”という感情記憶は、薬よりも大きな効果をもたらすことがあります。 だからこそ私は、“早期発見・早期寄り添い”を大切にしたいと思っています。
心の中に、対人希求という輝きがある かつて、私は人が苦手でした。 どうしたら好かれるか、どうしたら嫌われないかばかり考えていました。 小規模多機能型居宅介護での認知症の方と出会いから、 「この世の人は皆、一人の人であって、それ以上でもそれ以下でもない」 という私なりの哲学が生まれました。 認知症でも、病気や障がいがあっても、あくまでも一人の人としてかかわりたい。 自分らしく生きることが心を軽くし、人を好きになる力をくれます。
人と人として、心を通わせるヒント~記憶に認知症の有無は関係ない~ 「認知症」と聞くと「記憶障害」を思い浮かべがちですが、人間の記憶はもっと多様です。例えば、出来事は忘れても、その時の感情は心に残ることがあります。これは、エピソード記憶を司る海馬や前頭前野に対し、感情を記憶する扁桃体が認知症でも比較的保たれるからです。 この記憶の特性を知ることは、認知症のあるなしに関わらず、人と人として深く関わるヒントになります。「認知症だから」と線を引くのではなく、相手の「個性」として理解し、何を大切に、何に幸せを感じるのかを知ろうとすること。 あえて、専門性として表現するのであれば、「ケアシェアラー」という、ケアを共に分かち合う姿勢だと思います。
「誰も傷つけない」ということ。 映画『父と僕の終わらない歌』を観ました。 認知症になっても、「想い」は消えない。 顔や名前を忘れても、大切な人への気持ちは心に残る。 そして、「誰も傷つけない」という約束が、一人の挑戦を支えました。 認知症というラベルを超えて、 私たちは皆、一人の「人」として生きている。 人と人とのつながりに、終わりはありません。