私たちの心の中にも、目には見えない小さな力が働いています。
物質の最小単位、原子核の中では、
「クォーク」と呼ばれる粒子が、さらに小さな力で結ばれています。
それをつなぎ止めているのが、「グルーオン(gluon)」。
英語の“glue(糊)”が語源。
目には見えませんが、存在を支えるもっとも根源的な力。
私は、この「グルーオン」という粒子に、
共感の姿を重ねています。
🪶 創痍を抱えた人を、つなぎとめる力
私たちはみんな、誰かとの関係の中で傷を負い、
同時に、その関係の中で癒やされていきます。
創痍とは、ただの痛みではなく、
“人と人のあいだで生じた痕跡”だと思うのです。
認知症ケアの現場でも、
人が「自分を失う」のではなく、
“誰かとの関係の糸”が、少しずつほどけていく過程にあるように感じます。
その糸を、もう一度そっと結び直すもの。
それが「対話」であり、
「共感」というグルーオンではないかと思います。
💬 対話とは、相手の世界を見に行くこと
「対話」は、単なる言葉のやり取りではありません。
相手の心の中にある「小さな宇宙」を訪れる行為です。
その宇宙では、
怒りが怒りを守り、
悲しみが悲しみを救い、
沈黙が叫びよりも多くを語っています。
認知症の方の、いわゆる「不可解な言動」も、
その宇宙の物理法則を知らなければ理解できないのではないかと、わたしは考えています。
けれど、私たちが「共感」というグルーオンを持って近づけば、
崩壊していた関係が、再び形を取り戻していくことができます。
🕊 共感のグルーオンは、やさしさではなく“感情に寄り添う力”
共感は「かわいそう」と思うことではありません。
やさしく接することとも違います。
それは“感情に対して、同じ感情で寄り添うこと”です。
怒りに対しては、やさしさではなく「怒りの感情」で寄り添う。
悲しみに対しては、慰めではなく「悲しみの感情」で寄り添う。
それが真の共感ではないでしょうか。
このように寄り添うことで、絆を再構築する力が生まれます。
まるでグルーオンが、原子核をばらばらにならないよう結びつけるように、
共感は、人と人とのつながりの崩壊から救い出す、“見えない糊”ではないでしょうか。
🌿 創痍を通して、人は再びつながる
創痍は、過去の痛みの痕跡。
でも、そこには再生の芽があります。
痛みを避けず、感じきることで、
その中に眠っていた「自己の承認」が芽吹きます。
自ずと「他者の承認」も芽吹きます。
そして、二人に「許可」を出すのです。
「誰も悪くない」というように。
セルフバリデーションとは、
この“創痍と向き合う”行為そのもの。
心のグルーオンを再び働かせるプロセスです。
創痍を抱えることは、弱さではありません。
それは、「まだ世界とつながっている」という証です。
🌙 終わりに ― 人間の中の小さな宇宙
もし人間を素粒子にたとえるなら、
クォークは「”私”という揺るがない意志」、
フォトンは「暗闇を照らす意識の光」、
ニュートリノは「ただここに在るという沈黙」、
そしてグルーオンは、「関係を繋ぐ力を示す共感」。
私たちは孤立しているようでいて、
実は、無数のグルーオンで結ばれています。
認知症の方の世界と、私たちの世界には、何の隔たりもありません。
この見えない共感の力によって、同じく保たれています。
創痍を抱えて生きること。
それは、人間であることの証明です。
つまり、誰しもが、
「一人の人」であり、それ以上でもそれ以下でもないことの証明。
そこに、インクルーシブな世界がある。
そしてすべての人に、心の安寧がもたらされる。
だからこそ、私はもう一度、
自分の中の“見えない力”を信じてみたい。
今日もまた、心の奥の小さな宇宙で、
静かに「対話」を続けていきましょう。
