42年生きてきて、 私はまだ“愛とは何か”を知らない。
でも、 この一言に—— その本質があるのだと思う。
相手の痛みを取り除くことはできない。
けれど、その痛みを“感じようとする”ことはできる。
愛とは、 救うことでも、 支配することでもない。
相手の 「痛み」 「弱さ」 「沈黙」に、 ただ居合わせること。
そこにいる勇気。
認知症ケアも同じです。
不安や混乱をコントロールしようとするのは、
“ケアする側の安心”を満たすだけ。
でも、「痛みに寄り添う姿勢」は、その人の尊厳を照らします。
“対話”とは、相手を変えることではなく、相手の世界を受け止めること。
否定しない安心感の中で、心は開かれていく。
実は—— 苦しい時ほど、人の心は最も開かれている。
だからこそ、その時こそ「対話」が必要なんです。
安心を届けられる。
愛を届けられる。
愛は定義できないけれど、 たった一言が心を動かすことがある。
“痛みを共有できないことを知りながらも、 それでも、そばにいたいと願う心”——
それを、私は“愛”と呼びたい
