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ただ、ガンになっただけなのに──創痍と共に生きるという選択

「ただ、ガンになっただけなのに」
その言葉が溢れて、泣き崩れる夜もある。
それでも私は、
すべてを許可し、
未来を選び直す自由を握り返す。
不安と恐れを小脇に抱えて、やる。
いまの私の選択です。

夜になると不安が強くなるのは、弱さではない

夜になると、
不安や落ち込みが強くなることはありませんか。
それは、意志が弱いからでも、
メンタルが悪化したからでもありません。
夜は、脳のエネルギーが落ち、
理性のブレーキが弱まりやすい時間帯です。
未処理の感情や、
将来への不安が浮かび上がるのは、
弱さではなく自然な反応。
夜に出る思考は、
「真実とは限らない」。
夜は、決断しない時間にする。
ちゃんと一日を生きた証として、
今日はそれでいい。

休職中に感じる不安と孤独への向き合い方    ~回復を焦らないために~

休職中は、
「このまま復帰できるのか」
「社会から取り残されるのではないか」
そんな不安や孤独を、
一人で抱え込みやすい時間でもあります。
本当は、
回復を焦らなくていい。
――でも、
焦ってしまう。
責めてしまう。
それが、とても自然なことだと、
私は思っています。
休職は、
自分を立て直すための大切な時間です。
焦りや不安を抱えたままでも、
「今の自分」を確認していくこと。
その積み重ねが、
本来の自分を取り戻すことにつながります。
そのプロセスを、
一人で抱えなくてもいい。
こころ日和は、
その時間に、
静かに伴走しています。

障がい・病気・がん ― 属性ではなく、人は「存在」としてどう在るのか

人は、病気や障がい、役割や立場といった
「属性」で理解されがちです。
しかし本来、
人はどんな属性よりも前に、
「一人の人」として存在しています。
尊厳とは、
誰かが与えるものではなく、
当然として存在し、
社会として保障されるべきものです。
そして何より、
尊厳が守られているかどうかは、
本人がどう感じたかが事実になります。

こころの不調があっても「病院に行くほどではない」と感じている方へ~そこにあなたの弱さも責任もない~

こころが少ししんどい。
でも「病院に行くほどではない」と感じている。
そんな方は、とても多いのではないでしょうか。
我慢を重ねる背景には、
休みにくい社会や文化もあります。
こころ日和は、
ありのままの自分で居られる場所です。
「こころ日和がある」
そのことを、こころのどこかに置いておいていただけたらと思います。

不安障害で悩む人が、安心して相談できる場所を探すとき~不安は弱さではない~

不安障害による強い不安や外出への恐怖は、日常生活に大きな影響を与えます。特に30代〜40代は、仕事や家庭の責任を抱えながら一人で悩みを抱え込みやすい世代です。不安は弱さではなく、心を守ろうとする反応でもあります。一人で整理するのが苦しいと感じたとき、安心して相談できる場所や対話の時間が、こころを整えるきっかけになることがあります。

家族に理解されない精神的つらさを抱える方へ~誰にも話せないしんどさの正体~

家族に理解されないこころのしんどさは、
決して珍しいことではありません。
否定されず、
ありのままの自分でいられる場所がないことで、
さらに苦しくなってしまうこともあります。
だからこそ、
「話せる場所がある」ということを知るだけでも、
こころの負担は、少し軽くなります。

認知症ケアが幸せを感じさせてくれた日~あくまでも人と人との営みであるということ~

認知症の有無に関係なく、
人は「一人の人」として存在しています。

否定せず、コントロールせず、
そのままを認めるかかわり。

その時間が、
私にとって、とても大切で、幸せな時間でした。