― 創痍とともに生きる私の、心の再構築のプロセス ―
私はこれまで、人生の中で何度も大きな痛みを経験してきました。
その痛み、心の傷を、私は創痍(そうい)と呼んでいます。
メンタル疾患、胃がん、揺れる人間関係、経済的不安。
そして「自分はこのまま生きていけるのか」という問い。
それは「生きる」ということに、限りなく近づいて感じる経験でした。
その過程で出会ったのが、セルフバリデーションでした。
簡単に言えば、マインドフルネス。
しかし、私自身の実感としては、
セルフバリデーションは、高次のマインドフルネスです。
これは単に、創痍を癒すわけでもなく、前向きな思考への転換でもありません。
創痍が生む、感情そのものを感じて、”在る”ことに許可をします。
この時、ストーリーと感情は切り離します。
なぜなら、ストーリーから感情が生まれ、その感情が創痍を生んでいるからです。
これを積み重ねて、感情を感じ切ります。その先には、ストーリーは意味を持たなくなります。
この状態を創痍の「再生」と呼んでいます。
心の根底にある苦しさを、抱えて生きていくのではなく、苦しさを苦しいままに感じ切るチカラによって、高次のレジリエンスを身に着けることができるのです。
1. セルフバリデーションとの出会い
私が最初にセルフバリデーションを必要としたのは、
“自分の創痍が深すぎて、とにかく創痍に触れることから避け続ける”という時期でした。
- 創痍の代替――
こころの傷を他のモノで満たそうとした。買い物依存症にもなった。 - 理不尽さの肯定――
納得のできない現状を、何とか認めなければいけないと自分の心に嘘をついた。 - 前向きな思考転換――
どんなに辛くても、前向きである自分を美化していた。 - 無理をすることで気をそらす――
体調が悪くても、挑戦することが心のためと頑張った。
間違いではなかった。でも、違ったのです。
こういった「対処」のようなもので、
心が癒えることはありませんでした。
そんな中で、
“自分を何とか正当化するのではなく、感情をそのまま感じる”
という考え方に触れ、実践し、
「創痍から避けるのではなく、むしろ感じることが、自分を取り戻すこと」
と思えたのです。
2. セルフバリデーションの実践
私は創痍が痛む度に、自分の感情だけに浸るということを続けてきました。
- 今、私は苦しいんだ
- 今、私は悔しいんだ
- 今、私は悲しいんだ
- 今、私は怒っているんだ
毎晩のように、涙とともにセルフバリデーションを行ってきました。
この「感情に浸る」という行為は、確実に私の心を変えていきました。
“感情を否定する”よりも、
“感情に許可を出す”という思考。
つまり、どんな感情になっても、
「自分というものは変わることはない」ということです。
3. 創痍が「弱さ」ではなく「力」へ変わる瞬間
私は長い間、自分の傷(創痍)を「欠けた部分」だと思っていました。
しかし、セルフバリデーションを通して理解したのは、
創痍は弱さではなく、
再びつながろうとする力の証である。
ということでした。
痛みがあるのは、それだけ深く誰かを求め、
何かを守りたかったから。
傷があるのは、必死に生きてきた証拠。
セルフバリデーションを重ねるほど、
その意味が身体の奥から理解できるようになっていきました。
4. 「対話」とつながりの再構築
セルフバリデーションは、やがて私の対人関係を変えました。
以前の私は、
・不安
・恐れ
・見捨てられ感
・完璧であろうとする緊張
こうした感情に飲まれやすく、関係が揺れると自分の中心も揺れていました。
しかし、セルフバリデーションを続けるうちに、
“相手の感情と自分の感情を分けて捉える”ようになりました。
相手は相手。
私は私。
それでも、つながれる。
この感覚は、私がセルフバリデーションを武器ではなく、
“生き方”として使えるようになってきた証でした。
5. 心の揺れを「波のように見られる」ようになる
そして最近、私は驚く変化を体験しました。
薬の離脱症状による低血糖症状、保険の不支給による生活危機、様々な不安、心の激しい揺れ…
本来なら崩れてもおかしくない出来事が重なっても、
感情に飲まれずにいられる自分がいたのです。
- 感情は湧く
- でも、流されない
- 状況は揺れる
- でも、自分の中心は戻ってくる
これは、意識的にセルフバリデーションを“行っている”状態ではなく、
すでに自動化して、存在として体現している状態です。
私はセルフバリデーションの「実践者」から、
「体現者」へとステージが変わっていました。
6. ひとつの到達点:セルフバリデーションを“行う”段階を超える
いまの私は、
セルフバリデーションを「しよう」と思わなくても、
自然に、
- 感情を観察し
- 距離をとり
- 整えて
- 戻る
というプロセスを実行できています。
これは、何かの技法を超えた
心の姿勢そのものの変化です。
そして私は確信しています。
セルフバリデーションは、
“技法”として学ぶものではなく、
“存在の深度”を変えるプロセスである。
あなた自身と再びつながるための道であり、
人生の土台そのものを作り直すためのアプローチ。
また、「誰もが創痍を抱えて生きている」という理解が、
許す許さないという次元を超えて、「誰も悪くない」という、
こころの穏やかさを持って生きていくことができます。
私は創痍が「在ること」と共に歩み、
創痍そのものを力に変えて生きる方向へ進みました。
7. これからセルフバリデーションと出会う方へ
セルフバリデーションは、
決して「前向きになりましょう」と言うようなものではありません。
それは、
あなたの痛みを否定しない生き方。
あなたの心を大切に扱い直すプロセス。
あなたらしさを取り戻すという再統合。
あなたと誰かの関係性の再構築。
あなた自身との深い「対話」から、
始まります。
私はこの方法によって、
人生の揺れに飲まれずにいられる力を取り戻しました。
もし、あなたにもこころが揺れる瞬間があるなら、
こころのしんどさを抱えきれない日々があるなら、
「急がなくていい」
「理解しなくていい」
「感じるだけでいい」
一度、このプロセスに触れてみてください。
その時が、こころ日和だと私は信じています。
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