🌌 マルチバースという“多重の世界”と、私たちのこころ

投稿者: | 2025年12月7日

——対話と認知症ケアに応用すると見えてくるもの

「マルチバース(Multiverse)」とは、
“宇宙がひとつではなく、無数に存在しているかもしれない” という考え方です。

ひとつの宇宙だけでなく、
少しずつ違う条件で始まった別の宇宙が、
泡のように広がり、並び、共存している——。

科学の世界では「仮説」とされつつも、
量子力学やインフレーション理論など、
現代物理学の最先端が触れている壮大な世界観です。

けれど私は、
この“マルチバース”という概念をこころの世界に応用すると、
とても大きな気づきが生まれると感じています。


🌱 私たちの“ミクロ”にも、無数の世界がある

私たちもまた、それぞれに
“内なる宇宙”=ミクロの世界 を生きています。

創痍(そうい)——
痛み、喪失、裏切り、孤独。
そのすべてが、
“世界をどう見るか” というパラダイムを生み出しています。

つまり、
ひとりの人の中にも、たくさんの“世界(マルチバース)”が存在している。

悲しみに包まれる世界。
怒りが支配する世界。
希望がかすかに灯る世界。
つながりを求める世界。
沈黙の奥に、言葉にならない願いが眠る世界。

私たちは、その多重の世界のどこかを辿りながら、
その時々の“見え方”を生きているのだと思います。


🤝 対話とは、相手の“宇宙”を見に行くこと

対話とは、
相手の世界に触れ、
その宇宙を否定することなく、
受け容れる、または受け止め合う営みです。

「なぜそう感じたのか」
「その言葉の裏に、どんな願いがあったのか」

それは、相手のマルチバースの入り口に立つことでもあります。

こちらの解釈(マクロ)を押しつけるのではなく、
相手のミクロが生み出した“世界の見え方”そのものを尊重する。

そのために必要なのが、
セルフバリデーション(自分の内側の宇宙を肯定するケア) です。

自分の創痍を否定したままでは、
相手の宇宙の痛みや願いを見に行くことはできない。
だから、まず自分の内なる世界を感じ切ることが必要になる。


認知症ケアにおける“マルチバース”の視点

認知症の方と関わるとき、
私たちは「現実は一つ」という前提を無意識に持ちがちです。

でも本当は——

ご本人は“ご本人の宇宙(世界)”を生きている。

時間の流れが違う世界。
大切な誰かがまだ生きている世界。
今日が何度も始まる世界。
名前や関係性がゆっくりほどけていく世界。

その世界を、
“間違っている” と矯正しようとすると、
必ず摩擦が生まれます。

しかし、
「この方はいま、この宇宙の中にいる。それが、この方にとっての現実」
と理解すると、
関わり方が根本から変わります。

怒りに見える行動の裏に、
別の宇宙にある“不安”が隠れている。
拒否の陰に、“助けて”という願いが眠っている。
沈黙の奥に、失われつつある言葉を探す努力がある。

認知症ケアとは、
ご本人の宇宙を尊重し、その世界でともに歩くこと。

それは、対話と同じ営みです。


✨ 世界は一つではないからこそ、人は理解し合える

マルチバースの概念は、
宇宙論の話でありながら、
私たちの生き方に深く響く問いを投げかけてくれます。

世界はひとつじゃない。
見え方もひとつじゃない。
正しさもひとつじゃない。

だからこそ私たちは、
何度でも対話できる。
何度でも寄り添い直せる。
何度でも、世界(マクロ)を再統合できる。

そしてその出発点はいつも、
自分の創痍を否定せず、
内なる宇宙をそのまま肯定すること。

セルフバリデーションが、
自分の宇宙と、誰かの宇宙をつなぐ架け橋になる。

私は、そう信じています。

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