「また同じ話…」そう感じたときに知っておいて欲しい―認知症ケアが教えてくれたこと 「また同じ話をしている」 「さっきも聞いた」 そう感じたことはありませんか。 認知症の方の「同じ話」は、 本当に“同じ”なのでしょうか。 言葉の奥には、 その人の今の状態や、 これまで抱えてきた思いが表れています。 それは単なる反復ではなく、 その人の物語の表現です。 「認知症」というフレームを外し、 一人の人として向き合うとき、 見えてくるものがあります。
自分の心の状態が分からない…そんなときこそ「対話」が必要な理由 「何がつらいのか分からない」「理由はないけど苦しい」と感じることはありませんか。自分の心の状態が分からないとき、人はどう対処していいのか分からなくなります。そんなときこそ大切なのが「対話」です。言葉にならない感情を整理し、自分の状態に気づくことが回復への第一歩になります。
人間関係がしんどいと感じるのはなぜ?―心が開かれている人ほど苦しくなる理由 人間関係がしんどいと感じるのは、弱さではありません。 むしろ、心が開かれている人ほど、人の感情や苦しさを受け取りやすく、疲れてしまうことがあります。 この記事では「人間関係がしんどくなる理由」と「対話が必要な理由」を、哲学や精神医療の視点も交えながら解説します。
自分を責めてしまうのはなぜ?それはあなたの弱さではありません 「自分を責める自分」を責めてしまう。その堂々巡りの苦しさは、決してあなたの弱さではありません。自責の思考が生まれる背景と、自分らしく生きるためのヒントをお伝えします。
対話が教えてくれる、「ぼく」と「あなた」という尊厳 対話とは、生きることそのものなのかもしれません。 「ぼく」と「あなた」という存在は、関係性が生まれる前からすでにつながっているのではないか──ハイネの言葉を手がかりに、尊厳と対話について考えます。
ただ、ガンになっただけなのに──創痍と共に生きるという選択 「ただ、ガンになっただけなのに」 その言葉が溢れて、泣き崩れる夜もある。 それでも私は、 すべてを許可し、 未来を選び直す自由を握り返す。 不安と恐れを小脇に抱えて、やる。 いまの私の選択です。
休職中に感じる不安と孤独への向き合い方~回復を焦らないために~ 休職中は、 「このまま復帰できるのか」 「社会から取り残されるのではないか」 そんな不安や孤独を、 一人で抱え込みやすい時間でもあります。 本当は、 回復を焦らなくていい。 ――でも、 焦ってしまう。 責めてしまう。 それが、とても自然なことだと、 私は思っています。 休職は、 自分を立て直すための大切な時間です。 焦りや不安を抱えたままでも、 「今の自分」を確認していくこと。 その積み重ねが、 本来の自分を取り戻すことにつながります。 そのプロセスを、 一人で抱えなくてもいい。 こころ日和は、 その時間に、 静かに伴走しています。
障がい・病気・がん ― 属性ではなく、人は「存在」としてどう在るのか 人は、病気や障がい、役割や立場といった 「属性」で理解されがちです。 しかし本来、 人はどんな属性よりも前に、 「一人の人」として存在しています。 尊厳とは、 誰かが与えるものではなく、 当然として存在し、 社会として保障されるべきものです。 そして何より、 尊厳が守られているかどうかは、 本人がどう感じたかが事実になります。
こころの不調があっても「病院に行くほどではない」と感じている方へ~そこにあなたの弱さも責任もない~ こころが少ししんどい。 でも「病院に行くほどではない」と感じている。 そんな方は、とても多いのではないでしょうか。 我慢を重ねる背景には、 休みにくい社会や文化もあります。 こころ日和は、 ありのままの自分で居られる場所です。 「こころ日和がある」 そのことを、こころのどこかに置いておいていただけたらと思います。
認知症ケアが幸せを感じさせてくれた日~あくまでも人と人との営みであるということ~ 認知症の有無に関係なく、 人は「一人の人」として存在しています。 否定せず、コントロールせず、 そのままを認めるかかわり。 その時間が、 私にとって、とても大切で、幸せな時間でした。