すべては一人のために、その一人のために、すべてがある―All for one, for all one.― 無理に、 相手を受け容れなくていい。 「一緒」じゃなくていい。 人は、 それぞれ違う「絶対的個」。 それでも、 人と人との営みは存在している。 All for one, for all one.
インクルーシブとは、「誰かを優先すること」なのか インクルーシブとは、 「誰かを優先すること」なのでしょうか。 「属性」より、 「その人自身」を見ようとすること。 私は、 それがインクルーシブの本質なのではないかと、 考えています。
「是も非も是」とは何か―正しさだけで世界を見ないという在り方 「是も非も是」という言葉は、 すべてを受け入れる優しさのように見えるかもしれません。 しかし実際には、 善悪や正しさで切り分けず、 そのまま引き受けていく覚悟の在り方です。
自分らしさがわからないとき―心のしんどさで崩れても「再統合」していくという考え方 自分らしさがわからなくなるとき、 それは心の中で何かが崩れている感覚かもしれません。 そのしんどさの中で起きる変化と、 自分をひとつにしていくプロセスについてお伝えします。
自分の心の状態が分からない…そんなときこそ「対話」が必要な理由 「何がつらいのか分からない」「理由はないけど苦しい」と感じることはありませんか。自分の心の状態が分からないとき、人はどう対処していいのか分からなくなります。そんなときこそ大切なのが「対話」です。言葉にならない感情を整理し、自分の状態に気づくことが回復への第一歩になります。
人間関係がしんどいと感じるのはなぜ?―心が開かれている人ほど苦しくなる理由 人間関係がしんどいと感じるのは、弱さではありません。 むしろ、心が開かれている人ほど、人の感情や苦しさを受け取りやすく、疲れてしまうことがあります。 この記事では「人間関係がしんどくなる理由」と「対話が必要な理由」を、哲学や精神医療の視点も交えながら解説します。
対話が教えてくれる、「ぼく」と「あなた」という尊厳 対話とは、生きることそのものなのかもしれません。 「ぼく」と「あなた」という存在は、関係性が生まれる前からすでにつながっているのではないか──ハイネの言葉を手がかりに、尊厳と対話について考えます。
障がい・病気・がん ― 属性ではなく、人は「存在」としてどう在るのか 人は、病気や障がい、役割や立場といった 「属性」で理解されがちです。 しかし本来、 人はどんな属性よりも前に、 「一人の人」として存在しています。 尊厳とは、 誰かが与えるものではなく、 当然として存在し、 社会として保障されるべきものです。 そして何より、 尊厳が守られているかどうかは、 本人がどう感じたかが事実になります。
人と人として、心を通わせるヒント~記憶に認知症の有無は関係ない~ 「認知症」と聞くと「記憶障害」を思い浮かべがちですが、人間の記憶はもっと多様です。例えば、出来事は忘れても、その時の感情は心に残ることがあります。これは、エピソード記憶を司る海馬や前頭前野に対し、感情を記憶する扁桃体が認知症でも比較的保たれるからです。 この記憶の特性を知ることは、認知症のあるなしに関わらず、人と人として深く関わるヒントになります。「認知症だから」と線を引くのではなく、相手の「個性」として理解し、何を大切に、何に幸せを感じるのかを知ろうとすること。 あえて、専門性として表現するのであれば、「ケアシェアラー」という、ケアを共に分かち合う姿勢だと思います。