「是も非も是」とは何か―正しさだけで世界を見ないという在り方 「是も非も是」という言葉は、 すべてを受け入れる優しさのように見えるかもしれません。 しかし実際には、 善悪や正しさで切り分けず、 そのまま引き受けていく覚悟の在り方です。
自分らしさがわからないとき―心のしんどさで崩れても「再統合」していくという考え方 自分らしさがわからなくなるとき、 それは心の中で何かが崩れている感覚かもしれません。 そのしんどさの中で起きる変化と、 自分をひとつにしていくプロセスについてお伝えします。
なぜか満たされない・人と比べて苦しい…その心のしんどさを軽くする考え方 なぜか満たされない。人と比べて苦しい。 そのしんどさの正体は「ないもの」を追い続ける思考にあります。 「在る」という視点に戻ることで、心は少しずつ軽くなっていきます。
自分を責めてしまうのはなぜ?それはあなたの弱さではありません 「自分を責める自分」を責めてしまう。その堂々巡りの苦しさは、決してあなたの弱さではありません。自責の思考が生まれる背景と、自分らしく生きるためのヒントをお伝えします。
障がい・病気・がん ― 属性ではなく、人は「存在」としてどう在るのか 人は、病気や障がい、役割や立場といった 「属性」で理解されがちです。 しかし本来、 人はどんな属性よりも前に、 「一人の人」として存在しています。 尊厳とは、 誰かが与えるものではなく、 当然として存在し、 社会として保障されるべきものです。 そして何より、 尊厳が守られているかどうかは、 本人がどう感じたかが事実になります。
“障がい者”はいない。社会がつくった“障害”があるだけ 私は双極性障害を持つ当事者です。 でも、障がいがあるからといって不幸だとは思っていません。 生きづらさは、障がいの有無にかかわらず、誰にでも存在します。 本当に障害になるのは、「社会がつくり出した枠組み」なのかもしれません。 今回のブログでは、“障がい者”という言葉に違和感を抱きながら、「人としての営み」について考えました。
『The Crisis』~どうしても伝えたかった想い~ 20年ぶりに弾いたピアノ。 ミスタッチだらけでも、想いを込めた演奏でした。 私がどうしても伝えたかった、生きづらさの中の“心の表現”を綴りました。
働かなくてもいい。でも私は働く道を選んだ理由 制度の狭間で苦しんだ末に、私は「働く」という選択肢を選びました。 資格ではなく、人の心を救う力がほしくて。 社会保障制度の壁と向き合った経験から、私の想いを綴りました。
人生の再スタートへ。退職・傷病手当・失業給付・生活保護…生きづらさと共に生きる私が選んだ道 傷病手当金や失業給付を頼りに退職した私が直面した、制度の落とし穴。生きづらさを抱えながら、それでも再スタートを選んだ体験を綴りました。制度を使いながら、自分の人生を歩もうとしている方に届けたい記事です。