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人はなぜ人を求めるのか ―創痍と共に歩み続けるということ―

人はなぜ人を求めるのでしょうか。

私は長年、認知症ケアや精神保健福祉の現場、そして自らの病や喪失の経験を通して、「創痍(そうい)」という言葉を大切にしてきました。

創痍とは、単なる心の傷ではありません。

傷つき、物語を失い、それでもなお残り続ける「生きたい」「つながりたい」という願い。

私は、それを「ゾーエの混沌」として捉えています。

人はなぜ人を求めるのか。

創痍と共に歩み続けるということについて、私なりの考えを書きました。

誰もが揺るぎない「一人の人」である―ありのままのあなたが素晴らしいということ―

私は以前から、「福祉」「障がい」「多様性」という言葉の使われ方に違和感を持っています。

認知症だから。障がいがあるから。支援者だから。家族だから。

そうした属性の前に、誰もが揺るぎない「一人の人」です。

「絶対的個」「ケアシェアラー」という考え方を通して、私が大切にしている人間観と、目指している社会について書きました。