支援は、正すことじゃない

投稿者: | 2026年10月3日

「不登校になるのは、親の未熟さが問題」

そんな言葉を聞いて、
私は強い違和感を感じました。

そもそも、
不登校は、誰かの「問題」なのでしょうか。

こどもに問題があるのでしょうか。
親に問題があるのでしょうか。
はたまた、
先生に問題があるのでしょうか。

こどもが学校に行けない。
だから親に問題がある。

親が変われば、
こどもも変わる。

そんなに単純な話なのでしょうか。

私は、

誰かを問題にして、
それを正すことが支援ではない。


そう考えています。

そもそも、
不登校は正すものでもない。

「不登校」というのは、
社会がつくり出した「問題」であって、

不登校など存在しないし、
問題ですらない。

そのようにも考えています。


いわゆる、
「不登校」になったとき、

こどもに原因を求める。

親に原因を求める。

学校や先生に原因を求める。

人は、

理由のわからない苦しみ、
答えのわからない状態に、
耐えることが難しい生き物です。

だから、
自分か誰かを悪者にしたくなる。

意味づけしたくなる。

これは、
人の自然な反応です。

そして、
自分を保つため、
守るために必要なことでもあります。

性格の問題でもありません。

その時には、
最善の選択なのです。

人は、いつも
どんな結果であれ、
最善の選択をしています。

だからこそ私は、

誰に対しても、
何に対しても、

それを責めることはできません。

「誰が悪いのか」

という答えは、
何の解決にもならない。

むしろ、
人間関係のもつれを生んでしまう。

こどもはこどもなりに、

親は親なりに、

先生は先生なりに、

それぞれが精一杯生きている。

その上で、
いつだって最善の選択をしている。

だから、

こどもも親も先生も、

「誰も悪くない」

私は、
そう信じています。


私は専門職として、
さまざまな知識や技術を学んできました。

専門性は大切だと思っている反面、
捨て去ってしまいたいとも思っています。

専門性という重い「鎧」を纏った(まとった)時、

その重さは相手の方にも、
同じ重さを与えてしまうリスクがあります。

そもそも私は、
専門職として人と関わりたくありません。

カウンセリングをする時も、
面談をする時も、

あくまでも、
「人と人との営み」であると考えています。

だから、
カウンセラーとして、

あるいは、
ソーシャルワーカーとして、

対話はしません。

そうまでして脱ごうとしている、
「鎧」の重みとは、

専門職としての正しさです。

支援する側が、
自分の考える「正しい状態」に
相手を変えようとする。

あるいは、
先導しようとする。

それは、支援者による、
外側からのコントロールだと、
私は考えています。

たとえ、
それが善意だったとしても。


「不登校支援」と呼ばれるものについても、
同じことが言えます。

学校に通えるようになることが、
必ずしもゴールではない。

親を変えることが、
ゴールでもない。

学校に戻るかもしれない。

別の学校を選ぶかもしれない。

通信制という選択もある。

学校とは違う場所で、
自分のやりたいことが見つかるかもしれない。

本当は、
学校以外に選択肢は沢山ある。

でも社会の常識的には、

学校に行くことが正解

とされていないでしょうか。

それが、
たった一つの正しさのように
なっていないでしょうか。

そんな中でも、

学校に行かない

という選択をしたこと。

それは、
勇気ある選択だと思います。

ただそこに、
こころのしんどさがあるのなら、

私はそこに寄り添っていきたい。

一人の人として。

そして、
すぐに答えを出そうとしない。

私が導き出すこともない。

意地悪に教えないわけではない。

私は、
こどもの気持ちを100%理解することはできない。

でも、それをわきまえた上で、
理解することは諦めない。

人は、
理解されるよりも、

わかろうとしてくれることに、
安心するのではないでしょうか。

理解しようとし続ける。

そして、
答えを急がない。

こどもと一緒に、
答えのない場所に居る。


人は誰もが、
様々な選択をして生きていく権利があります。

その権利を保障すること。

それが、
こどもの主体性を守る。

そして、
回復していくことにつながります。

あくまでも「回復」です。

なぜなら、
すでに主体性は「在る」からです。

自分で選択できる。

その欠如が、
主体性を奪ってしまうのです。

主体性を奪う正体。

それが、
正すこと。
コントロールしようとすること。

これが、
「問題」なのです。

私は、
こどもたちの勇気ある選択を、
全肯定したい。

そして、
自分らしく生きて欲しい。

自分の人生を生きて欲しい。


そのために、

自分で選択していける環境を創ること。

それが、
支援者が発揮する唯一の、
専門性ではないでしょうか。


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