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統合失調症とは何か?「主体性との乖離」という視点から見た本質

統合失調症とは、
「現実がわからなくなる病気」なのでしょうか。

私は、
主体性とのあいだに生まれる“ズレ”として捉えています。

それは特別なものではなく、
私たちの中にも連続している感覚かもしれません。

「自信を持てるように」と言われたときの違和感—インポスター症候群という言葉の広がりの中で—

「自信を持てるように」
その言葉に、
どこか違和感を感じたことはありませんか。
前向きでやさしいはずの言葉の中に、
静かに含まれている“前提”について考えてみました。

「また同じ話…」そう感じたときに知っておいて欲しい―認知症ケアが教えてくれたこと

「また同じ話をしている」
「さっきも聞いた」

そう感じたことはありませんか。

認知症の方の「同じ話」は、
本当に“同じ”なのでしょうか。

言葉の奥には、
その人の今の状態や、
これまで抱えてきた思いが表れています。

それは単なる反復ではなく、
その人の物語の表現です。

「認知症」というフレームを外し、
一人の人として向き合うとき、
見えてくるものがあります。

認知症ケアが幸せを感じさせてくれた日~あくまでも人と人との営みであるということ~

認知症の有無に関係なく、
人は「一人の人」として存在しています。

否定せず、コントロールせず、
そのままを認めるかかわり。

その時間が、
私にとって、とても大切で、幸せな時間でした。

「創痍」と「対話」――パーソンセンタードケアの原点へ

「創痍」とは、癒えない痛みではなく、
“まだ世界とつながりたい”という証。

「対話」とは、相手を変えるためではなく、
相手の世界を見に行く行為。

怒りには怒りで、悲しみには悲しみで寄り添う。
それが、嘘のない共感。

パーソンセンタードケアの原点は、
“認知症の人のため”ではなく、
“すべての人の尊厳を守ること”にある。

支援とは「助けること」ではなく、
「互いの創痍に寄り添い合うこと」。

目に見えない共感というグルーオンが、
人と人とを再びつなぎ合わせていく。

🌌 共感というグルーオン ― 創痍をつなぐ見えない力

人と人を結びつける見えない力。

それは「共感」という名のグルーオン。

認知症ケアで感じること――
涙は「壊れていく姿」ではなく、
“再び生きようとする力”の現れ。

創痍(そうい)を抱えることは、弱さではなく、
「まだ世界とつながっている」という証。

共感は、やさしさではなく“感情に寄り添う力”。

今日もまた、心の奥の小さな宇宙で、
静かに「対話」を続けていこう🌙

早期発見早期寄り添いが大切な理由

「認知症は早期発見・早期治療が大切」とよく言われますが、それ以上に大切なのは“早期に心に寄り添うこと”です。
診断を受ける前に、ご本人の不安に寄り添うことで、安心感が生まれ、それが進行を緩やかにする力にもなります。
“安心”という感情記憶は、薬よりも大きな効果をもたらすことがあります。
だからこそ私は、“早期発見・早期寄り添い”を大切にしたいと思っています。

心の中に、対人希求という輝きがある

かつて、私は人が苦手でした。
どうしたら好かれるか、どうしたら嫌われないかばかり考えていました。
小規模多機能型居宅介護での認知症の方と出会いから、
「この世の人は皆、一人の人であって、それ以上でもそれ以下でもない」
という私なりの哲学が生まれました。
認知症でも、病気や障がいがあっても、あくまでも一人の人としてかかわりたい。
自分らしく生きることが心を軽くし、人を好きになる力をくれます。