「まだ大丈夫」と言い続けてしまうとき
「まだ頑張れる」
「自分より大変な人はいる」
「これくらいで弱音を吐いてはいけない」
そう思いながら、
自分のしんどさを
後回しにしてしまうことがあります。
私自身も、
そのように思っていました。
思春期にメンタル疾患になり、
社会人になってから、
まともに働くことができない時期が
10年以上続きました。
その間、私はずっと、
「強くならなければいけない」と
自分に言い続けていました。
でも、
心の声を正直に言語化すると、
本当は疲れている。
本当は苦しい。
本当は誰かに気づいてほしい。
誰かに理解してほしい。
それでも、
「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせてしまう。
同じようなしんどさを抱えている人は、
少なくないのではないかと思います。
そして、そのしんどさは、
弱いからではありません。
むしろ、これまで何度も踏ん張ってきた人ほど、
自分の限界に気づくのが遅くなることがあります。
「強さ」がたった一つの正義ではない
「強さ」が、
いつの間にか、現代社会の広い範囲で、
良いこととされていると、
私は感じています。
その社会という、外側からの
「強くならなければいけない」
「頑張らなければいけない」
というコントロールになっている。
これは、まるで
自分の内面的な意識として持っているような
錯覚に陥っているのではないでしょうか。
だから、
強さがたった一つの正義ではありません。
弱いことが、
悪いことでは全くありません。
そもそも、人に
「強い」、「弱い」
という評価軸は必要ありません。
頑張れる人ほど、休むことが難しい
責任感がある人ほど、
「周りに迷惑をかけてはいけない」
と考えている人が多いように、
私は感じています。
人に頼る前に、
まず自分で何とかしようとします。
仕事でも、家庭でも、人間関係でも、
「人に頼ることは、相手に迷惑をかけること」と
思いがちです。
それは、
一つの「あなたらしさ」でもあります。
でも、
その頑張りが続きすぎると、
心は少しずつ置き去りになっていきます。
眠れない。
朝がつらい。
何もしていないのに疲れる。
人と話すのがしんどい。
小さなことで涙が出る。
休みの日なのに気が休まらない。
それは、怠けではなく、
心と体が出しているサインかもしれません。
「助けて」と言えない背景には、誠実さがある
私は、福祉の現場で、
多くの人の人生に触れてきました。
そこで感じてきたのは、
人は簡単に「助けて」と言えるわけではない、
ということです。
家族を支える人。
職場で責任を背負う人。
誰にも迷惑をかけたくない人。
自分のことを後回しにしてきた人。
そういう人ほど、
限界の手前でも、静かに耐えてしまいます。
「助けて」と言えないのは、
甘えているからではありません。
それだけ、
誰かを大切にしてきた。
それだけ、
自分の役割を果たそうとしてきた。
それは、
とても素敵なあなたの強みでもあります。
それと同時に、その誠実さが、
「頑張りたい、でも本当はしんどい」という
葛藤を生みます。
そして、
自分を追い詰めてしまうこともあります。
変わらなくてもいい
心が苦しいとき、
「考え方を変えなければ」
「前向きにならなければ」
「強くならなければ」
と思う人もいます。
それは、先に述べたように、
外的なコントロールによるものが、
多いのではないかと思います。
だから、私は、
無理に変わらなくてもいいと考えています。
苦しいものは、苦しい。
つらいものは、つらい。
頑張れない日は、頑張れない。
まずは、
そのままの気持ちを否定しないこと。
そして、
そのしんどさに許可を出すこと。
それだけでも、
心に少しだけ余白が生まれることがあります。
対話という選択
心許せる人と話すこと。
それも心を軽くします。
その人との「つながり」も
とても大切な絆です。
ただ、
会話と「対話」は少し違います。
会話を否定するつもりは、
一切ありません。
対話は、
誰かに正されることではありません。
答えを出すことでもありません。
ただ、
自分の中にあったものを、
安心できる場所に置いてみること。
それだけで、
張りつめていた心が
少しゆるむことがあります。
「できない自分」だけで見なくていい
認知症ケアの現場でも、
私はずっと感じてきました。
人は、
「できなくなったこと」だけで見られると、
その人らしさが見えにくくなります。
何ができるか。
何ができないか。
それだけでは、
その人の人生はわかりません。
どんな思いで生きてきたのか。
何を大切にしてきたのか。
どんな痛みを抱えてきたのか。
これらは、
その人が持っている
「すでに在るもの」です。
そこに目を向けて初めて、
その人の姿が見えてくることがあります。
これは、
私たち自身にも同じことが言えると思います。
何もできない日がある。
思うように動けない。
人に会う気力がない。
仕事で力が出ない。
そんな日があっても、
あなたの価値はなくならないし、
下がることもありません。
「まだ頑張れる」は、あなたを守ってきた言葉かもしれない
「まだ頑張れる」
その言葉は、
あなたを苦しめてきた言葉かもしれません。
でも同時に、
これまでのあなたを支えてきた言葉でもあると思います。
だから、
その言葉を簡単に否定したくはありません。
頑張ってきたからこそ、
今がある。
耐えてきたからこそ、
ここまで来られた。
でも、これから先もずっと、
一人で耐え続けなくてもいいのではないかと、
私は思います。
その気持ちは大切にしながらも、
違う選択ができると考えているからです。
本当に限界になる前に、
自分の心に気づいて、
許可を出してあげる。
対話をしてみる。
安心して気持ちを置ける時間、
楽しむ時間を持つこと。
どんな自分も
承認していくことが、
自分を守るための、
とても大切な選択です。
もう十分、頑張ってきたのかもしれません
頑張れない日があってもいい。
立ち止まる日があってもいい。
うまく言葉にできなくてもいい。
そして、
その苦しさをなかったことにしなくてもいい。
「まだ頑張れる」と思っているあなたは、
もう十分、頑張ってきたのではないでしょうか。
だからこそ、これ以上、
自分を責めすぎないでほしいと思います。
心を守ることは、
逃げることではありません。
あなたが、
ありのままのあなたで生きていくために、
必要なことなのだと思います。
対話の場所として
こころ日和では、
あなたを否定することのない、
ありのままのあなたで
安心して対話ができる場所を
置いています。
あなたのタイミングで
今のしんどさを少しでも軽くする
選択をしていただけたらと思います。
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