「病院に行くほどではない」
こころがしんどくても、
そう考えてらっしゃる方が、
多いように感じます。
仕事には行けている。
家事もなんとかできている。
眠れないわけでもない。
うつ病と診断されたら終わりだ。
このように、
自分の現状を肯定する気持ちと、
こころのしんどさや不安を、
同時に抱えているのではないかと思います。
だから、
「まだ大丈夫」
「これくらいで相談するのは大げさかもしれない」
「もっと大変な人もいる」
こんな風に、
自分の苦しさを、
後回しにしてしまうことがあります。
それはそれで、
自分を保つために必要な考え方でもあります。
その我慢は、
あなたが精一杯生きている証でもあります。
あなたの大切な一部でもあります。
ただ、
そこにこころのしんどさがあるのであれば、
相談するということも、
勇気ある選択の一つです。
だから、
人に頼ったり、
相談したり、
誰かの力を借りることは、
弱さではありません。
むしろ、
あなたのこころを軽くするための、
大切な1歩です。
こころのしんどさは、
病気になって初めて生まれるものではありません。
そして、
誰かに相談するために、
病名も、
「相談するに値するほどの苦しさ」という評価も、
必要なわけでもありません。
ポジティブの本当の意味
つらい。
疲れた。
会社に行きたくない。
人と会いたくない。
なんとなく苦しい。
そう感じたとき、
「こんなことで弱音を吐いてはいけない」
「でも、まだ頑張れる」
と、
自分に言い聞かせることがあります。
私自身、
「もっと強くならなきゃ」と、
いつも考えていました。
強くなること、
弱音を吐かないこと、
頑張ること…。
多くの人が、そういった、
いわゆるポジティブな思考が、
正しさだと思っているように、
私は感じています。
しかし、
それが正しさだと、
誰が決めたんでしょうか?
ポジティブは、
「いつも明るく前向きで元気」
という意味ではありません。
ポジティブの本当の意味は、
「それでいい」
ということです。
どんな自分でも、
それでいいと思える。
それがポジティブという意味です。
頑張ることそのものが、
悪いわけではありません。
「もう少し頑張りたい」と、
自分で選択することも、
もちろんあっていいと思います。
ただ、その時に、
一度自分に問いかけてみてください。
「これは本当に自分の感情なのか」
私が強くなりたかったのは、
強いことが正しいという、
常識や一般的な考え方の、
外側からのこころのコントロールから
生まれていたものだと、今は思います。
強くなくても、
弱音を吐いても、
頑張れなくても、
「それでいい」んです。
まず、
自分が自分自身の感情を承認することで、
こころは軽くなっていきます。
外側からのコントロールで、
見失っていた、
「本来の自分」を
取り戻していくプロセスです。
だから、
「このくらいでつらいと思ってはいけない」
という想いも、
実は外側からのコントロールによって、
生まれたものかもしれません。
「このくらい」という基準も、
「つらいとおもってはいけない」という評価も、
本当の、
あなたの感情ではないかもしれないのです。
「まだ仕事に行けるから」
「家族を養わなければならないから」
「みんなも大変だから」
「もっと苦しんでいる人がいるから」
ほとんどの方が、
さまざまな理由も抱えていると思います。
けれど、
あなた自身が抱えているしんどさを、
優先していいんです。
あなたのこころのしんどさが、
軽くなることが、
家族や友人、仲間のしんどさを
軽くすることにもつながります。
あなたが、
すべてを背負わなくても大丈夫です。
自分自身を承認することができると、
周りの人たちも承認することができるように
なっていきます。
それは、
より良い人間関係を築いていくことにも
つながります。
セルフバリデーション――自分の感情を認めるということ
こころ日和では、
セルフバリデーションという考え方を大切にしています。
バリデーション(validation)とは、
自分の感情や体験を「そう感じているんだ」と認めることです。
たとえば、
「私は今、不安なんだ」
「私は腹が立っている」
「私は寂しいんだ」
「私は仕事に行きたくないと思っている」
そこに、
「そんなことを思ってはいけない」
「前向きにならなければ」
「考えすぎだ」
と評価するのではなく、
まずは自分の中にある感情を、
そのまま認める。
感情には、
本来「正しい」「間違っている」
という答えはありません。
腹が立つ自分も、
逃げたい自分も、
何もしたくない自分もいる。
感情は、
人間らしさであり、
その人らしさです。
だから、
「それでいい」んじゃないでしょうか。
感情を、
無理に変えようとするのではなく、
「私は今、こう感じている」
と主体的に認める。
それは、
「私はこれでいいんだ」ということ。
ありのままの自分で素晴らしい。
ありのままの自分が素晴らしい。
そんな、
自信を持つもとで、
自分軸で生きていけるようになっていくのです。
「病院に行くほどではない」は、相談しない理由にしなくてもいい
とはいえ、
「わたしはありのままで素晴らしい」と、
簡単に思えないかもしれません。
私自身、こころがしんどい時に、
セルフバリデーションを自分自身で、
繰り返し繰り返し行ってきました。
その時に、
一人で抱え込まないためのサポートがあれば、
こころの負担は軽くなっていたと思います。
サポートの一つに、
カウンセリングがあります。
このカウンセリングは、
「病気になった人だけが受けるもの」
ではありません。
診断名がなくても、
「最近、なんとなくしんどい」
「仕事のことばかり考えてしまう」
「人間関係に疲れている」
「自分を責めてしまう」
「誰にも言えないことがある」
「何がつらいのか、自分でもよく分からない」
そんな状態で話をしてもいいんです。
むしろ、
何を相談したらいいのか分からないこと自体を、
そのまま持ってきてもいい
と私は考えています。
きれいに整理してから相談する必要はありません。
話していく中で、
「私は、本当はこれが嫌だったんだ」
「こんなに無理をしていたんだ」
「私はこうしたかったんだ」
と、
自分自身の感情に気づくこともあります。
カウンセリングは、
誰かに正解を教えてもらうためだけの場所ではありません。
自分が何を感じ、
どうしたいのかを、
自分自身で確かめていく場所にもなります。
「相談すべき」と言われて、相談する必要もない
けれど、私は、
すべての人に
「相談すべきだ」と言いたいわけではありません。
相談するかどうかも、
あなた自身の選択だからです。
「相談しない」
それも一つの選択です。
ただ、
「こんなことで相談してはいけない」
という理由で、
自分の選択肢から
「相談すること」を消してしまう必要は、
ないのではないかと考えています。
相談してもいい。
相談しなくてもいい。
大切なのは、
「これくらい我慢するのが普通だから」
「もっと大変な人がいるから」
という外側の基準ではなく、
自分自身がどう感じているのかを
大切にすることです。
苦しくなってから「でなくても」、話していい
こころの相談に、
「ここから先なら相談していい」
という明確な境界線があるわけではありません。
まだ働けていても。
笑える時間があっても。
日常生活を送れていても。
あなたが「少ししんどい」と感じているなら、
その感覚をなかったことにする必要はありません。
オンラインカウンセリング「こころ日和」では、
精神保健福祉士として、
心理面だけを見るのではなく、
その方の生活や仕事、
人間関係、
環境なども含めながら、
お話を伺っています。
あなたを変えるためでも、
正しい方向へ導くためでもありません。
あなたが今感じていることを、
そのまま持ってきてください。
「こんなことで相談していいのかな」
そう思っていることから、
話していただいて大丈夫です。
あなたの苦しさを、
誰かの苦しさと比べなくていいんです。
そして、
「私は今、しんどい」
そう感じている自分を、
自分自身が認めてあげる。
そこから始めてもいいのではないでしょうか。
